モディ政権100日の評価と今後の注目点
<プロフィール>
神戸大学経済経営研究所教授/佐藤隆広(さとう
たかひろ)
インド経済研究に取り組み23年、インドの農村貧困問題からインド進出日系企業の研究まで幅広く研究。主な著書には「激動のインド(3)経済成長のダイナミズム」、「現代インド・南アジア経済論」、「インド経済のマクロ分析」「経済開発論:インドの構造調整計画とグローバリゼーション」など。第一回日本南アジア学会賞を受賞。
「モディ政権100日の評価と今後の注目点」
歴史的な大勝による10年ぶりの政権交代から訪日までの100日についてモディ政権は国民や投資家の期待に答える政権運営をしているのだろうか。また、モディ政権の今後の注目すべきポイントは?23年にわたりインド経済研究に取り組む佐藤隆広神戸大教授に話を聞いた。
——2014年の選挙により予測を遥かに超える議席を獲得したモディ首相率いるBJP党ですが、どのような背景があったのでしょうか。
この度の選挙では単独過半数を超える議席をBJPが獲得したが、直近は連立政権で政権運営をすることが続いていた。これは利害調整に時間がかかり政策の実行が滞りがちになる。そういう弊害が2009年から2014年にかけての国民会議派連合政権の後半期に顕著になってきていた。具体的にはスーパーなど小売りの外資自由化。閣議決定まで終わっていたのにも関わらず、非常に実施されるスピードが遅く、各方面の意見調整の結果、骨抜きになってしまった。また携帯電話の周波数にからむ巨額の汚職事件(2Gスキャンダル)が発覚するなどもあった。インフレは高止まり、景気は低迷。国民はうんざりしていた。そんなときに首尾一貫したリーダーシップを発揮するモディ首相が支持された。今回の選挙はBJP党が勝ったというよりもモディ首相が勝った。BJP党を支持しない人々もモディ政権を支持した。
——そんな国民の大きな期待を背負って誕生したモディ政権ですが、発足から100日までをどのように評価されますか。国民や投資家の期待には応えられているのでしょうか。
金融政策および財政政策、経済改革の3つの視点で見ていく必要がある。
まずは金融政策、当初マンモハン・シン前首相が指名したインド準備銀行総裁ラジャン氏との対立が懸念されていたが、明確にインド準備銀行の自主性を尊重し協調していく姿勢を打ち出した。金利の引き下げを期待する財界に対していち早く政府の方向性を示したことは海外投資家が不安視していた金融政策の不確実性を払拭した上に、透明性のある情報開示の姿勢を打ち出すことにも成功したといえる。これは非常に評価できる。
しかし一方で財政政策についてみると、前政権とそれほど変化はない。7月の予算案での税収の見積もりが甘く、財政赤字額の予測が楽観的な数値だった。GDP比でみて4.1%の財政赤字に抑えることを目標としている。これは予算案成立の時点では、極めて達成困難な目標だった。ただここにきてモディ首相には運も味方していると感じる。原油価格がピークから4割下がってきた。原油価格が下がるだけでこの目標が達成できる可能性がある。その他にも衛星を火星の周回軌道に乗せたり、ノーベル平和賞をインド人が受賞するなど、政権運営とは直接関係がないがポジティブなことがあり、”運をもっている”な、と感じさせる。
財政政策について新たな取り組みを何もしていないかというとそういう訳でもなく、高級官僚の国際会議への出張などは今までファーストクラス、婦人同伴で行けていたのが、ファーストクラスと婦人同伴を禁止、その他も細かな指示を出して不要不急の財政支出を抑えている。これは予算全体からみれば非常に小さいことだが、官僚への規律を与えるという意味での大きなメッセージになっている。
そして経済改革・政策決定に関して、前政権までの決まらない、決まっても全然実行できないというグダグダな状態からの脱却と経済改革の実施が期待できる。具体的には閣僚に複数の大臣ポストを兼任させ行政組織のスリム化を図ったり、経済政策の立案を担ってきた国家計画委員会を廃止したということなどについても、モディ政権はリーダーシップを発揮して政策を実行する、経済改革を断行するという姿勢を象徴的に表していると考える。
実は前政権がドラフトを発表していてやろうとしていた政策をモディ政権がやっているだけとも言える。ただしやるといってもできなかった前政権と決定的に違い、やると言ったら必ずやるのがモディ政権。
最もうまくハマったのはEコマース・BtoBに関する外資100%出資を認めた件で、これは注目に値する。アマゾンは20億ドル、Flipkartは10億ドルの投資を決めた。これだけでもすごいが、ソフトバンクの孫さんが中国のアリババで得た利益をインドに投資すると発表した。10年で100億ドルの投資計画。国外、国内の企業の投資競争を活発化させるというのがモディ首相のグジャラート州首相時代からのやりかたでそれが非常にうまくハマっている。
Jawaharlal Nehru Universityにて
——金融政策、経済改革・政策実行に関しては高く評価される一方で、財政に関しては今ひとつモディ首相らしさを欠いているという評価ということですね。今後のモディ政権で注目すべきポイントについて教えてください。
金融政策と経済改革についてはこの2年に渡って漂っていた暗い雰囲気を打ち消すことに成功している。唯一懸念の財政政策に関してだが、2014年7月の予算案は政権発足後間もなかったため、あまりにも準備の時間がなかった。しかし、2015年2月末の次の予算案はモディ首相が初めて本気で作る予算案になる。この予算案はモディ首相らしい予算案がでてくるのではないか。
さらに言うと、2014年の12月初旬にインド準備銀行の金融政策決定会合があった。わたしは足下の原油価格が40%も下落しているので、確率としては低いがサプライズで金利を下げる可能性もあると思っていた。インド準備銀行総裁のラジャン氏はまだ単月の状況だけでは判断することはできないとし、結局は金利を据え置いたが、来年の早い段階で金融政策のスタンスを変えるかもしれないというメッセージをだしている。
2月末の予算編成の前、2月初旬にインド準備銀行の金融政策決定会合がある。ここで金利が下がるのかどうか。もし金利が下がるようなことがあれば、低インフレ、高成長の時代がインドに再び訪れる可能性がある。
——来年2月の金利の動き、および予算案に注目ということですね。インドが再度低インフレ・高成長の時代に入る可能性があるということはすでにインドに進出している歯を食いしばってがんばっている日系の企業さんたちに大いに希望になるかもしれません。
わたしは悲観論にも楽観論にも与しないが、今の状況はインドでこれまでがんばってきた進出済みの日系企業にとってはいい材料が多いように感じる。
Jawaharlal Nehru Universityにて
(注:本インタビューは2014年12月初旬の取材のもので、印得マガジン2015年2月-3月号に掲載されたものです)
(聞き手:印得編集部)
First time in India.
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